京都地方裁判所 昭和42年(わ)88号 判決 1967年9月28日
被告人 松井一郎こと鄭劉生
主文
被告人を懲役弐年六月に処する。
未決勾留日数中百六拾日を右刑に算入する。
この裁判が確定した日から参年間右刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、京都市南区東九条南松ノ木町四〇番地に妻子と一緒に居住し、義弟にあたる黄金石の世話でくず拾いなどをして働き、その後、昭和四一年四月ころ妻が三男を連れて家出してからは、残る二児を育てながら生活しているものであるが、
第一、同年一二月二八日正午ころ、前記自宅前の通路に近所の杉本B子(当時四年)が姉A子とともに通りかかる姿を認めるや、右B子に対し、エツチごつこをしようなどといつて同児を自宅に連れこみ、奥四帖半の部屋において、同児が一三歳未満の少女であることを知りながら、同児のズロースを引きおろしたうえ、その陰部を手指でもてあそび、陰部に陰茎をあてるなどしてわいせつの行為をし、よつて同児に対し、治療約一二日間を要する外陰部ビランの傷害を負わせ、
第二、同四二年一月一日午後九時ごろ、右杉本B子の父親である杉本正二こと文永植(当時四二年)から、前記のようにB子にいたずらしたことを難詰され、警察まで同行を求められて赴く途中、同区東九条北松ノ木町八番地先路上において、いきなり手拳で右文永植の顔面を一回殴打し、よつて同人に対し、治療約六日間を要する口内粘膜擦過創の傷害を負わせ
たものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為は刑法第一八一条に、判示第二の所為は、同法第二〇四条にそれぞれ該当するので、各所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により、重い判示第一の罪の刑に同法第一四条の制限内で法定の加重をし、諸般の情状憫諒すべきものがあるので、同法第六六条、第七一条、第六八条第三号により酌量減軽した刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、同法第二一条により、未決勾留日数中一六〇日を右刑に算入し、情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、同法第二五条第一項により、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して全部被告人に負担させないこととする。
(幼児の証言能力およびその供述の信憑性)
前掲証拠のうち、証人杉本B子、同杉本A子に対する各尋問調書を検するに、判示第一の犯行当時、被害者杉本B子は当時四年の幼児であり、犯行の目撃者である杉本A子は当時八年の小学校三年生であつて、いずれも右犯行後約三ケ月を経過した昭和四二年三月三〇日の質問供述にかかるので、その証言能力の有無ならびにその供述の信憑性について検討し、当裁判所が、これを証拠に供したゆえんを明らかにする。
(一) 証言能力について
おもうに、わが刑事訴訟法は、原則として何人にも証人適格を認め、年令などによる特別の制限を設けていない。したがつて、その証言能力については、個別具体的に裁判所の自由な判断に委ねられているものと解せられる。そして、いわゆる証言能力とは、証人が、自己の過去において経験した事実を、その記憶にもとづいて供述しうる精神的な力にほかならないというべきであるから、幼児らの証言能力についても、その有無は単に供述者の年令だけによつて決すべきではなく、供述の態度および内容等をも具体的に検討し、その経験した過去の出来事が、供述者のもつ理解力、判断力等によつて弁識しうる範囲内に属するものかどうかを十分考慮に入れて判断する必要があるといわなければならない。
これを証人杉本B子、同杉本A子についてみるに、前記各尋問調書によつて明らかなように、右両名が、経験したという事実は、「姉妹二人が手をつないで一緒に歩いていたところ、B子がぼうずのおつちやんといわれている男のため、その家に連れ込まれたうえ、下着をずらされて陰部をもてあそばれた。」という異常ではあるが、ごく単純な出来事であつて、八歳の小学生はもちろん、四歳程度の幼児といえども十分これを理解しうる範囲内のものということができる。また、同女らの検察官、弁護人或いは裁判官の質問に対する応答内容や、その供述態度などを仔細に観察すると、後に詳述するように、その表現内容はいずれも子供らしい稚拙な言葉使いであるが、極めて具休的であつて、質問内容を理解し、ほぼこれに即応した答弁を行つており、その内容には何らの不自然さも認められない。以上のような諸点に加えて、もともと本件のような出来事が、幼児らにとつて極めて異常なものといえるだけに、事件当時の情況も強く印象づけられていると考えられるから、事件後僅か三ケ月程を経過したにすぎない本件供述時の記憶にも相当の信頼がおけるわけで、一般的にみて問題を生ずる点は殆どなく、右幼児らの証言能力はいずれもこれを認めるのが相当である。
(二) 供述の信憑性について
証人杉本B子に対する尋問調書によると、問「ボウズのおつちやんを知つていますか」答「知つている」問「「B子ちやんにそのおつちやんが何かしましたか」答「B子のパンツを下し、だつこしてチンチンをなぶらはつた」問「それからどうしましたか」答「それがすんでからB子のパンツを上げ外に待つていた姉ちやん(A子)におんぶして貰い家に帰つた」問「ボウズのおつちやんはどうしたの」答「B子のチンチンを手でなぶり、それからおつちやんのチンチンを出して合せようと云つてB子のチンチンに合せた、それでいたかつたのでB子は泣いた」問「どうしてそんな事になつたのですか」答「昼すぎ一〇円貰つて姉ちやんと菓子を買いに行き、帰りにおつちやんがB子を抱いておつちやんの家へ連れて行つた」等の記載があり、また、証人杉本A子に対する尋問調書によると、問「お正月の少し前の日に坂の菓子屋へ昼すぎに三〇円持つてB子ちやんと一緒に菓子を買いに行つたことがありますか」答「ある」問「その帰り道ボウズのおつちやんの家の前を二人で通りましたね」答「「通つた」問「ボウズのおつちやんに会いましたか」答「B子と二人で手を組んで歩いているとおつちやんがいてB子を連れておつちやんの家に帰つた」問「それでA子ちやんはどうしたの」答「私は走つてかくれ、おつちやんの家の窓から中をのぞいていた」問「そしたらどうしたの」答「おつちやんがB子を抱いてキスしたり、B子のチンチンをいらつたりしていた」等の記載があつて、その供述内容は、いずれも質問の趣旨を理解し、これに即応して、前後のよどみもなく整然と具体的に答えていることが明らかである。
それに、本件犯行の数日後、右両名から前記のような事実を聞かされた両親である証人文永植、同杉本邦子が、それぞれの経緯について供述した各尋問調書の記載に照し合せると、B子ら両名の前記のような趣旨の供述は、いずれもその記憶にもとづく事実をそのまま述べているものと認めるべく、その間に、両親らの暗示による影響や、記憶違いや、虚言や、認識不足等の疑念をさしはさむべき余地は殆ど存しない。B子ら両名の供述の信憑性はかなり高く評価されるべきである。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は被告人には限界級の知能しかなく、強度の異常性格で精神分裂症の気配があり、本件各犯行当時心神喪失または心神耗弱の状態であつたと主張するので、この点について判断する。
鑑定人錦織透作成の鑑定書ならびに医師川端つね作成の精神衛生診断書によると、被告人は、本件各犯行当時、知能的には軽愚級の精神薄弱者であり、性格的には臆病、小心、情動の不安定、虚言傾向があつたと認められるが、その程度は精神病質人格とまではいえず、精神薄弱像以外の外因性精神障害、痴呆性疾患、躁うつ病ないし精神分裂病的傾向は全く存しないことが認められる。
以上の事実に、黄金石の司法警察員に対する供述調書ならびに被告人の当公判廷における供述態度等諸般の資料を総合すると、被告人は、本件各犯行当時精神薄弱により高等感情は未成熟ではあつたが、意識障害もみられず、結局、精神障害により事物の理非を弁識する能力、もしくはそれに従つて行動する能力を欠如し、または、これらの能力が著しく減退していたような精神状態ではなかつたことが認められるので、弁護人の主張は採用しない。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 橋本盛三郎 石井恒 井筒宏成)